15 Jul 2015
最近私の周りで、ビジネスは人と人との繋がりだと改めて強く感じる出来事が起きています。今もこのブログを中心とした情報ビジネスに、とても「やりがい」を感じています。人生に直結するテーマですね。でも少し前まで私は病んでいました。
数年前の私の残念な考え方
私はここ数年、会社で働きながら常日頃「やりがい」という言葉にマイナスのイメージを持っていました。何故かと言えば、私たちは労働者としてうまく支配層から使われ搾取されることに潜在的に矛盾を感じながらも、目の前の作業に追われ仕事をやる理由を無理やり付けると言いますか、論点のすり替えのような気がしていたからです。もともと本業である「仕事」を頑張っていた時にはやりがいのようなものを感じていましたが、喜びの感情とはまた違った、濁りあるものでした。
私は、やりがいを感じているという人に「一兆円あってもその仕事続ける?」と聞いてみて、それでもやりたいというレベルでない限り、その人のいう「やりがい」など本当はやりたくない仕事を理由つけて理屈立ててやるための口実なんじゃないか?と思ってました。
たとえば大好きな趣味やゲームがあったとして、それらを楽しんでいる時に「あ~、やりがいあって楽しい」なんて普通言わないですし、そんなことわざわざ言う必要ないくらい楽しいのだから「やりがい」なんて・・・というやさぐれた思考の持ち主でした。
でも最近本当に身の回りの状況が変わってきました。ビジネスを地道にコツコツ続けてきましたが、先月末頃からお客さんから少しずつメッセージを頂けるようになってきたのです。自分の作ったもので喜んでくれる人の存在をはっきりと認識できたことで、自分の波動が反射して帰ってくるのを体感しました。
ありがたいメッセージを頂いて、感激して胸がいっぱいになって涙が溢れたこともありました。これはまさしく「やりがい」を感じた瞬間でした。「やりがい」って相手を意識して本気で誠意をもって行動した時にはじめて生まれるものなのかなと思いました。
今日も会社の後輩とそんな話をしていて、その後輩は以前働いていた飲食の仕事にやりがいを感じていたと言ってました。それは自分が心を込めて作った料理を食べたお客さんの反応がダイレクトに帰ってくるのが嬉しいからだと言ってました。
私が「その経験は人生の宝だね」と言うと、彼の目にうっすら涙が浮かんでいました。それほど彼にはお客さんをねぎらう想いの強さがあったんだと思います。それに加えて今踏ん張っているからだと思います。そんな後輩だからこそ、自分のビジネスを学んでもらって幸せが訪れたら良いなと思いました。
だからこそ私は本当の情報ビジネスを習得する必要があるし、アメリカナイズされたダイレクトレスポンスマーケティングではなく、日本に元々ある美しき人と人との繋がりを強くしていって、胸いっぱいのやりがいを感じながらどんどん喜びの感情を増やしていくビジネスを育てるべきなのだと心に誓いました。
ビジネスは加速し、人生の歯車は大きく回り出します。